3月28日 哀悼痛惜
admin≫
2011/03/28 23:24:12
2011/03/28 23:24:12
今日は、早朝から自宅に電話があり、病気療養中だった弊社の技術指導・品質管理担当の
社員さんが亡くなられたとの人でした。享年74歳。心よりご冥福をお祈りいたします。
弊社では、業界最大手の会社を定年退職されてから技術指導と言う形で来られたのですが
当初は、取締役として招聘いたしましたが「私は、一社員として扱って欲しい。」とのことで
技術指導・品質管理担当として14年間勤めて頂きました。
弊社の業界内では、専門知識では第一人者で業界の発展にも大きく貢献されてきました。
業界内や建設業界など多方面での講演もされて執筆活動もされてこられました。
以前、弊社のエンドユーザーである東京電力の方が品質管理の状況と弊社の資格審査に
来られた際に、参考文献を持ってこられその文献を見ながら弊社の状況を審査するのですが
弊社の技術指導・品質管理担当の名刺を交換し、テーブルの上に置いておられて、その
文献を見ていて、何度もその本と名刺を見ていて「この本の著者と同じ名前のですね!」と
言うと、「それは私が5年前に書いたものなので、いまでは少し内容が古いのですが・・」と
その担当者の方たちはビックリして急に態度と言動が変わって「どうして先生がこの場に
いらっしゃるのですか?」と言うと、淡々と「この会社の社員ですから!」と笑顔で答えた。
それからは、「審査」と言うよりも相手からの質問事項ばかりで、結局はこういう人たちは
権力と言うか如何にネームバリューに弱いかと言うことがわかったわけですが、私としては
狙い通りの結果だったということです。心の中では「中小企業をナメるな!」でしたが。
そんな方がどうして弊社にと同業者内でもみんな疑問に思っていたのですが、やはり
人の縁というのはどこで繋がっていくのかが不思議です。元々、「大阪府技術アドバイザー」の
支援制度と言うものが、私が社長就任当時に大阪府で募集があり、たまたま私が役所でその
パンフレットを会社に持って帰って見ていたら、同業者の社長が来られてそのパンフレットを
見て、「私の同郷の友人が今年から定年退職して再就職でこのアドバイザーに就任したので
紹介するよ!」とのことで、ご紹介頂いて一年間弊社の技術アドバイザーとしてご指導を
頂き、私と弊社の専務とが国家資格取得が必要であるとのことからそのアドバイザーの方と
業界内で情報交換などされていた関係と、ちょうど定年退職を迎えていたことから、弊社の
技術顧問として来て頂くことになり、給料に関しても「年金もあるし、退職金もたくさん
貰ったから新入社員ですから一番安い給料にしてください」なんてことを言っていました。。
前に努められていた会社では、弊社の事務所より広い部屋で研究や執筆をされていて、
出社時や外出する際は、運転手付きで送迎されていたぐらいの方だったのですが、
弊社では、そんなことも出来ないのでご自身で電車通勤され、仕事に関しても女子社員と
一緒に事務所内で仕事をするといった本当に一社員としての扱いになっていましたが、
ご本人は「ここで仕事をしていたら本当に楽しくて時間を忘れてしまいます!」といつも
笑いながら明るくされていて、社内旅行や忘年会などでは[歌」や「踊り」まで披露され
全社員からも慕われていました。2か月前から入院をされていて来週でもお見舞いにと
話をしていたのに本当に残念です。まだまだ教えて頂きたいことがたくさんあったのに。。
お通夜では、そのお人柄で多くの方が参列されていて弊社の社員さんたちも参列させて頂き
女子社員さん達全員が泣いていました。
息子さんがいらっしゃるのですが、とても優秀な方たちばかりで二人が東京大学卒で
もうお1人が京都大学を卒業されていて、全員現役合格で、ご長男はとても有名な方で
FNSドキュメンタリー大賞 政と官~政治主導の挑戦と敗北~と言う番組で取り上げられた方で
政権交代から2ヶ月、都内の病院を視察した政治家と政治家は、医療崩壊を食い止めるため、
この10年増額が認められていない、診療報酬の改定に、現場で働く医師とともに政治主導で
挑まれていて、内容は、厚生労働省は政治家の就任で急速に改革が進められていた。それまでは
あまり機能しなかった副大臣などにそれぞれの分野を担当させ、コントロールできるようにした。
新型インフルエンザへの対応は3つの課・5つの局にまたがって対応している。
厚生労働省の医療分野の政務官・政治家のもとに調査官という役職で、改革に前向きな姿勢を
政治家が評価している政治家が仕えることになった。政治家は政治家の助っ人として政治家と
官僚の橋渡しを行う難しい立場任され、現在、東日本大震災の災害対策本部にずっと詰められていて
実父の危篤状態を伝えられていたが、臨終には間に合わなかったと仰っていました。
供花には「内閣官房長官 枝野 幸男」・「内閣官房長副長官 仙石 由人」
「厚生労働大臣 細川 律夫」など、政治家の方や国の医療関係者の方々から届けられていた。
そんな素晴らしい息子さんを持ちながらもいつも「出来損ないの息子」と言っていました。
ご生前のご厚情に深く感謝するとともに、故人のご功績を偲び、謹んで哀悼の意を表します。
どうか安らかにお眠りください。 合掌
社員さんが亡くなられたとの人でした。享年74歳。心よりご冥福をお祈りいたします。
弊社では、業界最大手の会社を定年退職されてから技術指導と言う形で来られたのですが
当初は、取締役として招聘いたしましたが「私は、一社員として扱って欲しい。」とのことで
技術指導・品質管理担当として14年間勤めて頂きました。
弊社の業界内では、専門知識では第一人者で業界の発展にも大きく貢献されてきました。
業界内や建設業界など多方面での講演もされて執筆活動もされてこられました。
以前、弊社のエンドユーザーである東京電力の方が品質管理の状況と弊社の資格審査に
来られた際に、参考文献を持ってこられその文献を見ながら弊社の状況を審査するのですが
弊社の技術指導・品質管理担当の名刺を交換し、テーブルの上に置いておられて、その
文献を見ていて、何度もその本と名刺を見ていて「この本の著者と同じ名前のですね!」と
言うと、「それは私が5年前に書いたものなので、いまでは少し内容が古いのですが・・」と
その担当者の方たちはビックリして急に態度と言動が変わって「どうして先生がこの場に
いらっしゃるのですか?」と言うと、淡々と「この会社の社員ですから!」と笑顔で答えた。
それからは、「審査」と言うよりも相手からの質問事項ばかりで、結局はこういう人たちは
権力と言うか如何にネームバリューに弱いかと言うことがわかったわけですが、私としては
狙い通りの結果だったということです。心の中では「中小企業をナメるな!」でしたが。
そんな方がどうして弊社にと同業者内でもみんな疑問に思っていたのですが、やはり
人の縁というのはどこで繋がっていくのかが不思議です。元々、「大阪府技術アドバイザー」の
支援制度と言うものが、私が社長就任当時に大阪府で募集があり、たまたま私が役所でその
パンフレットを会社に持って帰って見ていたら、同業者の社長が来られてそのパンフレットを
見て、「私の同郷の友人が今年から定年退職して再就職でこのアドバイザーに就任したので
紹介するよ!」とのことで、ご紹介頂いて一年間弊社の技術アドバイザーとしてご指導を
頂き、私と弊社の専務とが国家資格取得が必要であるとのことからそのアドバイザーの方と
業界内で情報交換などされていた関係と、ちょうど定年退職を迎えていたことから、弊社の
技術顧問として来て頂くことになり、給料に関しても「年金もあるし、退職金もたくさん
貰ったから新入社員ですから一番安い給料にしてください」なんてことを言っていました。。
前に努められていた会社では、弊社の事務所より広い部屋で研究や執筆をされていて、
出社時や外出する際は、運転手付きで送迎されていたぐらいの方だったのですが、
弊社では、そんなことも出来ないのでご自身で電車通勤され、仕事に関しても女子社員と
一緒に事務所内で仕事をするといった本当に一社員としての扱いになっていましたが、
ご本人は「ここで仕事をしていたら本当に楽しくて時間を忘れてしまいます!」といつも
笑いながら明るくされていて、社内旅行や忘年会などでは[歌」や「踊り」まで披露され
全社員からも慕われていました。2か月前から入院をされていて来週でもお見舞いにと
話をしていたのに本当に残念です。まだまだ教えて頂きたいことがたくさんあったのに。。
お通夜では、そのお人柄で多くの方が参列されていて弊社の社員さんたちも参列させて頂き
女子社員さん達全員が泣いていました。
息子さんがいらっしゃるのですが、とても優秀な方たちばかりで二人が東京大学卒で
もうお1人が京都大学を卒業されていて、全員現役合格で、ご長男はとても有名な方で
FNSドキュメンタリー大賞 政と官~政治主導の挑戦と敗北~と言う番組で取り上げられた方で
政権交代から2ヶ月、都内の病院を視察した政治家と政治家は、医療崩壊を食い止めるため、
この10年増額が認められていない、診療報酬の改定に、現場で働く医師とともに政治主導で
挑まれていて、内容は、厚生労働省は政治家の就任で急速に改革が進められていた。それまでは
あまり機能しなかった副大臣などにそれぞれの分野を担当させ、コントロールできるようにした。
新型インフルエンザへの対応は3つの課・5つの局にまたがって対応している。
厚生労働省の医療分野の政務官・政治家のもとに調査官という役職で、改革に前向きな姿勢を
政治家が評価している政治家が仕えることになった。政治家は政治家の助っ人として政治家と
官僚の橋渡しを行う難しい立場任され、現在、東日本大震災の災害対策本部にずっと詰められていて
実父の危篤状態を伝えられていたが、臨終には間に合わなかったと仰っていました。
供花には「内閣官房長官 枝野 幸男」・「内閣官房長副長官 仙石 由人」
「厚生労働大臣 細川 律夫」など、政治家の方や国の医療関係者の方々から届けられていた。
そんな素晴らしい息子さんを持ちながらもいつも「出来損ないの息子」と言っていました。
ご生前のご厚情に深く感謝するとともに、故人のご功績を偲び、謹んで哀悼の意を表します。
どうか安らかにお眠りください。 合掌
スポンサーサイト