1月 8日 中国煙台
admin≫
2011/01/08 23:15:56
2011/01/08 23:15:56
今日は、朝から青島市内にある中国人研修生の送り出し機関を視察に行きました。
朝の全体朝礼から参加させて頂き、研修生達がとても大きな声で元気よく
研修生としての行動規範を唱和されていて、その中で3名の方がそれぞれに
発表をされて、中国語で話す研修生の横で、その言葉を日本語で通訳しながら
発表していたのにはビックリでした。みんなとても明るくて笑顔が印象的でした。


S理事長の受入機関での研修生達には、S理事長の要望で「13の徳目朝礼」を
されていて、内容は中国語でされていたので、通訳の方に聞くと、しっかりと
日本でやっている内容と同じでした。時折、発表の際にはみんなが笑っていたり
楽しくやってました。
その後は、コーチング型の個人面談もされたりして、日本語教育に関しては
私達、企業側が要望する実践型の勉強を推奨されていて、研修生達の日本語の
レベルも思ったより高かったです。特に女の子のレベルは男子より数段上です。
この送り出し機関のI理事長は日本の大学を卒業され、日本で当時交際していた
奥さんが日本の受入機関に働いていたことから帰国後に送り出し機関を創立され
ご夫婦で創業されました。I理事長はとても勉強熱心な方で、青島と北京の
盛和塾に入塾されていて稲盛会長をとても尊敬し師事されています。
中国国内だけでなく日本からも経済に関しても学ばれていて素晴らしい方でした。
視察後は、青島が初めてと言うことで有名な、「青島迎賓館」案内して頂きました。
1914年から1922年の日本占領時代は、司令官邸として使われたそうですが、
1949年6月に青島が解放された後(共産党による政権交代後)、当時の政府が
提督楼を迎賓館と改めました。

迎賓館は青島の典型的なドイツ風の建物で、高さ30m、建築面積4,080㎡で、この建物は
旧ドイツ総督邸だったので、「総督楼」か「提督楼」と呼ばれ、ドイツの著名な建築家に
よって設計され、1903年に着工、1908年に竣工した。建築全体は石造りで、内装は
絢爛豪華で、台所、会議室、ダンスホール、食堂、寝室などが装備し、噴水や水槽が
飾られている。1949年6月、青島解放後、当地の人民政府は提督楼という名称を迎賓館と
改称した。1957年には拡張し、2.6万㎡の庭園を造りあげ、園内には数多くの花木が
植えられた。英語名:yingbinguan

1957年には、中国の当時の最高指導者"毛沢東主席"がここで一ヶ月過ごしたそうです。
また、共産党高級幹部の会議も主催されたそうです。以前は一般観光客も宿泊できた
そうですが、現在は青島市の重点文物保護単位として保護され宿泊することはできません。
青島近代建築の傑作と言われている建物です。
その後、明日からは私が威海市の送り出し機関にて研修生の面接があるので
わざわざI理事長も一緒に、青島から煙台に行って、威海市のホテルまで
クルマで送って頂きました。移動距離が約300キロでしたが、高速道路を
かなりのスピードで走ったお陰で3時間掛からずに到着しました。
車内では、I理事長と色々とお話が出来たのはとても有意義でした。
I理事長から、最後に「日本に素晴らしい友人が出来た!」と言われたことに
とても感動しました。I理事長、本当にありがとうございました。
威海市のホテルは海岸線にあってとても景色のきれいなところでしたが
外の気温は-4℃とすごく寒かったです。。。


その後、弊社の工場長と担当主任、そして視察で同行してきたスギちゃんと
日本の受入機関のU理事長とO事務局長と合流して<
威海市の送り出し機関のR理事長主催の歓迎会を開催して頂きました。

明日は、最終面接です。良い人財と巡り合えることを期待してます!
iPad から送信
朝の全体朝礼から参加させて頂き、研修生達がとても大きな声で元気よく
研修生としての行動規範を唱和されていて、その中で3名の方がそれぞれに
発表をされて、中国語で話す研修生の横で、その言葉を日本語で通訳しながら
発表していたのにはビックリでした。みんなとても明るくて笑顔が印象的でした。


S理事長の受入機関での研修生達には、S理事長の要望で「13の徳目朝礼」を
されていて、内容は中国語でされていたので、通訳の方に聞くと、しっかりと
日本でやっている内容と同じでした。時折、発表の際にはみんなが笑っていたり
楽しくやってました。
その後は、コーチング型の個人面談もされたりして、日本語教育に関しては
私達、企業側が要望する実践型の勉強を推奨されていて、研修生達の日本語の
レベルも思ったより高かったです。特に女の子のレベルは男子より数段上です。
この送り出し機関のI理事長は日本の大学を卒業され、日本で当時交際していた
奥さんが日本の受入機関に働いていたことから帰国後に送り出し機関を創立され
ご夫婦で創業されました。I理事長はとても勉強熱心な方で、青島と北京の
盛和塾に入塾されていて稲盛会長をとても尊敬し師事されています。
中国国内だけでなく日本からも経済に関しても学ばれていて素晴らしい方でした。
視察後は、青島が初めてと言うことで有名な、「青島迎賓館」案内して頂きました。
1914年から1922年の日本占領時代は、司令官邸として使われたそうですが、
1949年6月に青島が解放された後(共産党による政権交代後)、当時の政府が
提督楼を迎賓館と改めました。


迎賓館は青島の典型的なドイツ風の建物で、高さ30m、建築面積4,080㎡で、この建物は
旧ドイツ総督邸だったので、「総督楼」か「提督楼」と呼ばれ、ドイツの著名な建築家に
よって設計され、1903年に着工、1908年に竣工した。建築全体は石造りで、内装は
絢爛豪華で、台所、会議室、ダンスホール、食堂、寝室などが装備し、噴水や水槽が
飾られている。1949年6月、青島解放後、当地の人民政府は提督楼という名称を迎賓館と
改称した。1957年には拡張し、2.6万㎡の庭園を造りあげ、園内には数多くの花木が
植えられた。英語名:yingbinguan

1957年には、中国の当時の最高指導者"毛沢東主席"がここで一ヶ月過ごしたそうです。
また、共産党高級幹部の会議も主催されたそうです。以前は一般観光客も宿泊できた
そうですが、現在は青島市の重点文物保護単位として保護され宿泊することはできません。
青島近代建築の傑作と言われている建物です。
その後、明日からは私が威海市の送り出し機関にて研修生の面接があるので
わざわざI理事長も一緒に、青島から煙台に行って、威海市のホテルまで
クルマで送って頂きました。移動距離が約300キロでしたが、高速道路を
かなりのスピードで走ったお陰で3時間掛からずに到着しました。
車内では、I理事長と色々とお話が出来たのはとても有意義でした。
I理事長から、最後に「日本に素晴らしい友人が出来た!」と言われたことに
とても感動しました。I理事長、本当にありがとうございました。
威海市のホテルは海岸線にあってとても景色のきれいなところでしたが
外の気温は-4℃とすごく寒かったです。。。


その後、弊社の工場長と担当主任、そして視察で同行してきたスギちゃんと
日本の受入機関のU理事長とO事務局長と合流して<
威海市の送り出し機関のR理事長主催の歓迎会を開催して頂きました。

明日は、最終面接です。良い人財と巡り合えることを期待してます!
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